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シナの民族浄化 ~同治回乱3~

 陝西省の隣の甘粛省では、陝西の回族蜂起とほぼ時を同じくして回族蜂起が発生していましたが、陝西蜂起軍の残存勢力が甘粛に雪崩れ込むと、甘粛の回族蜂起も活発化し、1864年に入ると蜂起は全省に拡大しました。そのため、陝西の回族蜂起を鎮圧したトルンアは、休む間もなく甘粛に向かいましたが、その途中藍朝柱の蜂起軍と戦闘となり、頭部に弾丸を受けて戦死しました。

 1864年から65年にかけて、回族蜂起軍は清軍と血みどろの戦いを続け、清軍の中に反乱を起す者が現れたこともあったため、回族蜂起軍が戦いを有利に進めていました。このような状況にあって、甘粛の回族蜂起軍には、寧夏を勢力圏とする馬化龍、河州を中心とする馬占鰲、西寧の馬文義、馬本源等、粛州の馬文禄の4つの大集団が形成されました。

 1866年11月、梁王張宗禹率いる西捻軍30,000が陝西に入り、翌67年1月、西安城外において陝西巡撫(陝西省長官、文従二品)の指揮する清軍を撃破して西安を包囲すると、甘粛に逃れて来ていた陝西回族蜂起軍に甘粛の回族蜂起軍も加わって、西捻軍と連合して清軍と十数回に亘って交戦しましたが、最終的に敗れて甘粛に撤退しました。(続く)


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