スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雲南回族蜂起 ~大理政権樹立~

 1856年に入っても漢人団練や郷勇(義勇軍)が鶴慶、麗江、剣川等で回族を虐殺して回ったため、紛争は収まるどころか却って雲南全土へ拡大しました。そんな中にあって、雲南西部では秀才(科挙受験資格保持者)杜文秀が回族1,000弱を率いて大理県城を攻略するに至りました。そして杜文秀は、10月、推されて総統兵馬大元帥に選出され、スレイマン・イブン・アブド・アッラフマーンと称して大理に国家を建設し、官制を定めて、太平軍出身の沙謙を軍師に、李国綸を大司空に、蔡発春を揚威大都督に、馬金保を大将軍に、また、大理南方の哀牢山北部を拠点として活動するイー族蜂起軍の大元帥李文学を南山軍務大司藩に任命しました。大理の主要官職の順位は上から大司、大都督、都督、大将軍、将軍、副将軍でした。そして、暦を改め、辮髪を廃止して、清朝からの独立を目指しました。

スポンサーサイト

コメント

Secret

プロフィール

歴史の常識を疑う@やましろや

Author:歴史の常識を疑う@やましろや
秘密結社、ミニ国家、古代文明、、、
不思議なもの、謎の多いものを取り扱って行きます。

中国の歴史歪曲、韓国の歴史捏造2
もよろしく!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。