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雲南夷族蜂起 その2

 大元帥李文学率いる夷族蜂起軍は、哀牢山北部を拠点として周辺へ勢力を拡大し、1860年6月、遂に哀牢山全域を勢力下に置きました。またこの間、大理との連携を強め、1856年には杜文秀より李文学の南山軍務大司藩を始めとして、主要幹部たちに大理の官爵が授与されて以降、何度も大理と協同作戦したり、大理に援軍を派遣しました。

 李文学指導する夷族蜂起は1868年まで勢力を拡大しましたが、この年に太平天国、捻軍が鎮定されたこともあり、これ以降次第に劣勢となって行きました。1870年には清軍の侵攻により哀牢山南部が制圧され、この戦いの中で付帥(元帥に次ぐ官)田四浪、参軍王泰階(漢人)が戦死し、付将軍字阿烏が処刑されました。南靖大都督刀成義、右都督徐東位、南都督杞彩順等は清軍の南からの侵入をよく防ぎましたが、戦況を逆転させるには至りませんでした。


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