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雲南夷族蜂起 その3

 1872年6月、大理が包囲されると、李文学は右将軍李学明、付将軍李明学を率いて自ら救援に駆け付けましたが、清軍に敗れて壊滅してしまい、李学明は戦死し、李文学は敗走して南潤に潜伏したものの、李明学の裏切りにより捕えられ、1874年、牛街において処刑されてしまいました。

 1873年5月、清軍は夷族蜂起軍に対する総攻撃を開始し、参将李芳梅は上将軍李学東の守る帥府蜜滴を、団総劉宇静は右都督徐東位の守る者干を、更に他の1軍は付参軍兼左都督杞紹興の拠る猫街を攻撃しました。この戦いによって蜂起軍の拠点は次々に陥落し、徐東位、杞紹興は戦死、左将軍羅自美、付将軍魯得盛は処刑されました。遂に蜜滴も陥落しましたが、李学東は300余とともに脱出に成功し、残存勢力500余を率いて哀牢山中に入って抗戦を継続しました。この抗戦は1876年6月に李学東が病死するまで続けられました。ここに1853年から23年間続いた夷族蜂起は終りを告げました。


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