スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

テンプル騎士団(聖堂騎士団) その3 ~崩壊~

 エルサレムを中心とする地域から退去し、西欧をその活動の中心としたテンプル騎士団は、その後も繁栄を続けましたが、その崩壊は突如として訪れることになります。その前にテンプル騎士団崩壊の舞台となる13世紀末のフランスの状況を見ておきましょう。

Philippe_IV_Le_Bel.jpg
フランス王フィリップ4世

 この時代、フランスは慢性的な財政難に陥っており、フランス王フィリップ4世は大法官ギョーム・ド・ノガレの献策に従って、1296年にローマ教皇への献金の禁止、貨幣の改鋳、1306年には国内のユダヤ人を一斉に逮捕して資産を没収して、財政再建を推進し、次にフランス政府にも多大な財政援助を行っていたテンプル騎士団に目をつけました。

 1307年10月13日、フィリップ4世はフランス全土において突如テンプル騎士団の会員を一斉に逮捕し、異端的行為等不当な罪名をかぶせて、罪を「自白」するまで拷問を行いました。この「自白」を根拠として、フランスは騎士団を異端と指定し、騎士団の莫大な資産を没収して、以後の活動を全面的に禁止しました。

 フィリップ4世は騎士団の資産を没収した後の1314年、騎士団総長ジャック・ド・モレー以下最高幹部4人を火刑に処しました。


スポンサーサイト

コメント

Secret

プロフィール

歴史の常識を疑う@やましろや

Author:歴史の常識を疑う@やましろや
秘密結社、ミニ国家、古代文明、、、
不思議なもの、謎の多いものを取り扱って行きます。

中国の歴史歪曲、韓国の歴史捏造2
もよろしく!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。